「たかが元旦、されど元旦」。365分の1を特別にするのは、神様ではなく"昨日の自分"だ

新年、あけましておめでとうございます
新しい年が始まりました。SNSには煌びやかな抱負が溢れ、街は祝賀ムードに包まれています。
そんな中で、ふと冷静に思うことがあります。今日は、「たかが1/365」に過ぎないのではないか、と。
1. 「たかが」元旦:魔法はかからない
冷めたことを言うようですが、日付が変わったからといって、急にあなたの能力が上がったり、性格が変わったりするわけではありません。昨日の続きが今日であり、今日の積み重ねが明日を作ります。
「新年だから変われるはずだ」という過度な期待は、三日坊主の元凶です。今日という日は、数学的に言えば一年のわずか0.27%。特別視しすぎて息切れするよりも、「いつも通りの一日」を淡々と積み上げることの方が、はるかに重要で、はるかに難しいのです。
2. 「されど」元旦:針路を決める日
しかし一方で、「されど1/365」でもあります。
物理的な連続性はあっても、私たちの心には「区切り」が必要です。元旦は、流れる時間に杭を打ち、コンパス(羅針盤)を確認する絶好の機会です。
- 去年、やり残したことはないか?
- 今進んでいる方角は、本当に「理想」に向かっているか?
- 「人として」恥じない生き方ができているか?
364日を全速力で走るために、今日という1日は立ち止まり、地図を広げるために使う。そのための「1/365」だと考えれば、これほど重要な日はありません。
3. 「点」ではなく「線」の始まり
多くの人は、元旦をゴール(お祝い)や、独立した「点」として捉えがちです。しかし、今日という日は、明日へ続く長い「線」の始点に過ぎません。
重要なのは、今日の高揚感ではありません。「1月2日の朝、何をするか」です。
今日誓ったことを、明日も、明後日も、誰も見ていないところで続けられるか。その地味な連続だけが、来年の今頃、あなたを「別の場所」へと連れて行ってくれます。
結論:静かなる情熱を
「今年はやるぞ!」と肩に力を入れる必要はありません。ただ、静かに靴紐を結び直しましょう。
「たかが一日」を疎かにせず、「されど一日」の重みを知る。そんな「大人のスタートダッシュ」を、共に切っていきましょう。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
