はじめに:それは「ルーティン」か、ただの「ゲン担ぎ」か?
「試合の日の朝は、必ずお母さんが作ったカツ丼を食べるようにしています。私のルーティンです」
スポーツのインタビューなどでよく聞く言葉ですが、メンタルトレーニングの観点から厳密に言うと、これはルーティンではありません。単なる「ゲン担ぎ(縁起担ぎ)」です。
どちらも「決まった行動を繰り返す」という点では同じに見えますが、その行動が向いている「ベクトル(目的)」が全く異なります。この違いを理解していないと、いざという大舞台で、自分の心が外部環境に簡単に折られてしまう「脆さ」を抱えることになります。
1. 「ゲン担ぎ」は、結果(運)への依存である
ゲン担ぎとは、過去に良い結果が出た時の「行動」をなぞることで、再び良い結果(幸運)を引き寄せようとする行為です。
- 前に勝った時に履いていた靴下を、洗わずに履き続ける。
- バッターボックスに向かう時、絶対に白線は踏まない。
これらはすべて、意識が「結果」という自分ではコントロールできない未来(認知脳)に向かっています。厳しい言い方をすれば、これは「神頼み」であり、他責思考の一種です。「カツ丼を食べたから打てるはずだ」という外部のジンクスに自分のメンタルを依存させているため、もし当日カツ丼が食べられなかったり、靴下に穴が空いていたりすると、「今日はもうダメだ」と極度のパニック(自滅)に陥ります。
2. 「ルーティン」は、プロセス(OS)のチューニングである
一方、真の「ルーティン」とは、外部の運や結果を引き寄せるためのものではありません。自分の内なる身体感覚と心の状態(OS)を、「今、ここ、自分」という最適な状態(非認知脳)に整えるための物理的なスイッチです。
- 打席に入る前、深く息を吐ききって丹田(へその下)に重心を落とす。
- バッティンググローブのマジックテープを締め直し、指先の感覚(一次情報)に意識を集める。
これらは「ヒットを打つため(結果)」にやっているのではなく、「自分の身体の連動性を高め、極限の集中状態(フロー)に入るため(プロセス)」に行っています。魔法やジンクスではなく、極めて科学的で内観的な自己コントロールの技術なのです。
Superstition vs Routine ── 意識の向かう先の違い
ゲン担ぎ(Superstition)
真のルーティン(Routine)
ゲン担ぎとルーティンの目的と意識の向かう先の違い
真のルーティンは、外部の運ではなく、自分の内側(身体感覚)へのスイッチを入れる行為
3. 境界線は「手放せるかどうか」
あなたがやっている行動が「ゲン担ぎ」なのか「ルーティン」なのかを見極める、簡単なテストがあります。それは、「もしその行動が物理的にできなかった時、笑って手放せるかどうか」です。
前回の記事でお伝えした通り、真のルーティンを持つ一流選手は、イレギュラーな事態でいつもの動作ができなくても、「なら、深呼吸1回だけで重心を整えよう」と、すぐに別の手段に切り替える強靭さ(アンチフラジリティ)を持っています。しかし、ゲン担ぎに依存している人は、「いつもの靴下がない!」と怒り狂い、心を乱します。
結論:野球の神様は、カツ丼では微笑まない
「結果」はコントロールできません。だからこそ、人間は不安になり、見えない力やジンクス(ゲン担ぎ)にすがりたくなります。
しかし、グラウンドという理不尽で残酷な場所で最後にあなたを救うのは、靴下でもカツ丼でもありません。泥臭く自分の身体と向き合い、微細な感覚を研ぎ澄まし、どんな状況でも自分の重心をスッと元に戻すことができる、確かな「内観の力(人間力)」だけです。
結果にすがる弱さを捨てましょう。ゲン担ぎという名の「お守り」を手放し、自らの足で立ち、自分だけのルーティン(OSのチューニング技術)を磨き上げてください。

